あるく、みる、かく

旅とかアイマスとか

ミリシタTCを振り返る(THE@TER CHALLENGEの感想②美也陣営はどう戦ったか)

さて①では、TCの概要、状況について説明した。
次は美也陣営から見た、ファイナルデイ役の争いについて
振り返っていきたいと思う

私が美也陣営と出会うまで

TC投票開始前、周りが盛り上がっていく中、私は殆ど流れを把握していなかった。
元々デレマスPだったことに加え、仕事が忙しかったこともあり(今も忙しい……)
コンベやdiscord等の動きが全くつかめていなかったのである。

 

始まる数日前、美也応援の予習がてらに
TB投票における美也陣営の戦いを振り返るブロマガを読んでいて

その中に「お美也参り」
と称して宮尾美也に投票するという遊びをやっていたという
記述を読んだ時、私の中に

「みやおみくじ」

というアイディアが唐突に降ってきた。

投票期間中に正月が来ることから
正月に宮尾美也モチーフの御神籤をPに幅広く引いてもらい
美也をもっと知ってもらったり、好きになってもらおう
というアイディアである。

 

しかしここからが問題だ。
私はミリオンライブに触れてからの歴史が浅く、知らないことのほうがはるかに多い。

個人的な感想を流すだけならばともかく
企画として打つのであれば美也のセリフや性格に精通した仲間が
どうしても必要であった。

散々迷った末に意を決してdiscordの門を叩いたのは
TC投票が始まってからであった。

 

自己紹介と企画の提案を投下後、声を拾って下さった方があり
みゃおみくじ」でどうか、という声があり
この企画は正式に動き始めることになる。

正直最初は、(唐突にやってきて何言ってんだコイツ)と思われる可能性について
物凄く心配していた。暖かく迎え入れてもらい良かった……。


課題であったテキストの部分もお力を頂けることになり
私の当面の課題は「みゃおみくじ」のイメージを提出することになった。
超久々にApplePencilを取り出し3日4日かけ
どうにか題字と絵を描いて投稿した。

幸いにも褒めていただき、ほっとする。
そんな流れで、おみくじに載る絵も描くことになり、そこからはデフォルメの美也を
どう可愛く描くかを試行錯誤することになった。


投票開始、そして琴葉の参戦

投票がスタートすると、当初より予想されていた通り
ファイナルデイは春香、次いで美也という順で競う構図ができた。


しかし12月20日 美也陣営に激震が走る。

「孤島サスペンスの主人公」役に当初投票を集中させていた琴葉陣営が
「近未来アウトサイダーのファイナルデイ」役に
狙いを変えることを宣言、1位を走る春香陣営に挑戦状を叩きつけ
一斉投票で美也を追い抜き2位に浮上したのである。

 

田中琴葉はシアター組の中でもひときわ力のあるアイドルの一人である。
事情あってミリシタへの実装時期こそ遅れたものの
以後シアターの中心人物の一人として活躍
TB投票では圧倒的な強さで役を獲得していた。

正統派アイドルにして、シアター組のもう一人の主人公等という声もある。
今のゲームのアイコンも琴葉だ。


新旧正統派ヒロイン対決というムード
加えて、春香、琴葉両者とも、悪のトップという役柄を務めたことがあり
(そのころのことを私は知らないが)
三番手、かつ悪のトップの経験が無い美也陣営としては
限りなく厳しい状況に追い込まれた。


地力で劣るものが勝つにはどうしたって浮動票を掴まなければならない。
しかし2強が競り合う状況になれば、3位には埋没し票が流れることは無い。

 

3位のまま留まるのか、2位に浮上するのか。
一斉投票などを打たずにマイペースな進行だった美也コンベも
「このままマイペースにやっているだけで良いのか」
という問題提議が起こる。

コンベやdiscord等で議論された結果
「38038票を目指すことで2位に浮上する」
作戦が立てられた。


分かりやすさもあって、この作戦は成功した。
目標期限までに4万票以上を稼ぐことが出来たのである。
何より「美也はやる気だ」という姿勢を
内外にアピールすることが出来たことが大きかった。

 

ここから先は三つ巴に持ち込んで
「誰がやるのが一番面白い?」の比較に持っていけば
「悪役をやったことが無い意外性」
を際立たせることもできるのではないか。

あるいは対抗者として競って注目を集めることもできる。

いずれにしても2位を競る位置に居ることが大事だった。
その後、琴葉陣営は方針の混乱等があり投票が停滞する状況となる。

 

美也のイメージ広報作戦

美也陣営は初めから他2人よりも戦力に劣り
今回は浮動票も少ないであろうと認識している人が多かった。
戦力差を詰めるには美也のファイナルデイを見たいと思う人を
一人でも増やすこと。これしかなかった。

 

しかし、対抗相手たちと違って
美也は悪役や敵役のイメージを公式には持っていない為に
美也のやるファイナルデイのイメージは
各Pによって千差万別の言葉で、絵で、語られており
強力な一つのイメージがあるわけではなかった。

 

それを逆手に取ったのが

#FD美也の可能性
タグ運動である。

色々な可能性をみんなで語り
「見てみたい」と思ってもらおう、そして
「見るなら勝ってCDで」という
機運を高めようというものであった。

 

 

このタグは、様々な考察、妄想、創作が集まり
ゆるふわマイペース少女から一歩も二歩も踏み出した
彼女の人間性に踏み込んだイメージが数多く出た。

宮尾美也の新たな可能性を探るうえでも
大変意義のある動きとなったと
投票が終わった後でも、そう考えているし
美也はCHALLENGEしていたと、そう思う。


38038の次の一手

38038作戦で2位に浮上した美也陣営では今後2つの方針
どちらを取るべきかが考えられた。
一つは1位に競っていき、注目と支持をひきつける作戦。
もう一つは温存作戦。
ギリギリまで力を温存して最後のキレ味勝負で決着をつけるやり方である。

 

競り合い作戦で懸念されたのは
・眠れる獅子を起こす可能性
 自分たちが一所懸命宣伝し、本気で出した38038票を
 事前に軽く越えていった春香陣営の力は
 相当のものだと、この時には既に感じ取っていた。
 一斉投票を行った結果、相手が危機感から全力を出して
 美也P以外が逆転不可能だと考える票差になったらゲームセットである。

 

温存作戦で懸念されたのは
・他の激戦区へ関心が移り票が入らなくなる可能性
 ミリマスは幅広く愛着を持つ人が多い為
 その可能性は高いと思われた。

・作戦を外に隠したまま意思統一が出来るかの問題
 地力で劣る者が勝つには奇襲、最後のキレ味勝負は
 有効な手であるが、陣営みんなの意思統一をしなければ無理で
 外部に知られずに浸透させる方法は無かった。

 

美也陣営は前者寄りで行くことを選択した。

 

何が最悪かを考えた場合
負けること以上に良くないのは
力を温存したまま大差をつけられて
可能性も見せずに負けるシナリオだったから、である。


投票のゴールは1/19だが、アイドルのプロデュースは1/19がゴールではない


次の数値目標を立て、それを達成することでにじり寄る
そこから投票を爆発させて、1位を狙う
という二段構えで挑もう、という方針でまとまった。
その一段目がイチドイッチ作戦である。

 

但し、数値目標を掲げれば当然相手からは
いつ、どこで何票に到達するか、予想は容易だ。
その結果、こちらが投票企画を打って票を投入する際には
かならず春香陣営は票を伸ばし
一定のリードを保たれるという状況で
戦況は膠着することになった。 


定着したタグと行われなかったいくつかの作戦

方針に合わせて、次なる投票企画をどうするかも
積極的に話し合われていた。

 

一発逆転を狙った何かキャッチーなタグや投票企画
という構想もあった。
多くの人に38時間投票の成功体験というのもあったし
何かもう一度面白いことを仕掛けるのを
望まれているのでは、という認識もあった。

 

敲きでいくつかのタグが考案されたが
実行されなかったものも相当数あった。

勝利への拘りから冷静さを失っていた面もあったので
あの時、クールダウンさせてくれた人には感謝している。

 

数々のアイディアの中、継続的に行われたのは
基本タグ
#明日も絶対にファイナルデイ と、
その日が何の日であるかをテーマにした
#今日は~~デイ と、
38分に投票を行う
#お美也参り である。

特にお美也参りは前年から引き続き行われており
ちょうど無料10連をミリシタでもデレステでもやっていたこともあって
#お美也参りをする⇒無料ガチャを引く
という流れが出来ていた。

お美也参りでSSRを引いた報告などもあり
広がっていくのは楽しかった。

 

 中盤戦の攻防

12月末には数値目標を定めた投票企画の一つ
イチドイッチ作戦
そして大晦日には「美也の鐘」企画が行われた。

「美也の鐘」はそれこそ、投票も宣伝も伴わず
ζノ ・ิᴗ・ิ) ごーん と呟くだけという
美也らしい作戦になったのではないだろうか。

 

私のほうは美也陣営の仲間と協力して作りあげた
みゃおみくじを正月に間に合わせ、公開することができた。
2500人以上が遊んでくれたとのことで
嬉しく思っている。

 

更にはおみくじ用に描いた巫女美也が
美也神社という美也応援サイトの
御朱印の絵として配布もされた。これもまた大変うれしかった。

 

1月2日、ニドイッチ作戦を打つ
一方の春香陣営もカウンターで投票を伸ばす
個人的にはニドイッチ+αで、どうにかまくりたいと思っていた。
しかしそれは防がれてしまった。


私個人としては、ニドイッチ作戦終了後のころから
コンベにもその他の交流場所にもあまり顔を出せず
次の支援も思い浮かばず、個人としては動きが鈍くなってしまった。

 

終盤戦

終盤はイチドイッチ、ニドイッチと準備をしてきて
サンドイッチの具集め⇒サンドイッチ作戦と展開した。

 

サンドイッチ作戦は
毎日コア時間に投票という一斉投票
といういつでも参加したければ参加できる企画で
副業がある身としてありがたくもあった。

前年行われていたスクリーンショット投稿での宣伝である
「ぱしゃりずむ」も「ぱしゃりずむTC」として
サンドイッチ作戦に合わせて実施された。

 

とはいえ、10万以上の差がつけられ
票が入るスピードも春香陣営が上であった。

 

残り38時間を切る状況からは
38時間一斉投票を開始したが
話題の中心は他の激戦区であった。

 

ニドイッチ作戦以後に競る位置に来られなかった時点で
残念ながら大勢はついていた。

 

様々に考え、追いかけ続けた日々だったが
春香陣営の安全な票差を保つ作戦
1位争いの話題を作る状況にまで持っていかせない点は
最初から最後まで、徹底しており、こちらの狙いは全て防がれた。

 

完全に横綱相撲で押し切られた。
というのが、偽らざる本音である。

 

敗北は数字を見るに明らかだが
美也は負けたとしてもきっとこう言うであろう
「次は負けませんよ~」と。
私も、次の機会には、絶対に勝ちたいと思う。

投票は終わらない

美也陣営は最後まで闘う意思は持ち続けた。
中でも美也神社さんが、「投票箱」をサイトに作り
票が尽きたPでも美也に投票できる(勿論票数には反映されないw)
という案を出してきたのは大変面白かった。今でも投票はできるはずである。

 

 

ミリマスTHE@TER CHALLENGEの感想①(TCについて)

2018年12月19日より1か月に亘って行われた投票企画
アイドルマスターミリオンライブ
THE@TER CHALLENGEが終了した。

私は宮尾美也を応援して、1か月この投票企画を戦った。
その感想をここに残しておこうと思う。

はじめに:ミリシタTCとは何なのか

ざっくりと説明すると
THE@TER CHALLENGE(通称TC)というのは
アイドルマスターミリオンライブシアターデイズ(ミリシタ)の
登場人物による作中劇の役柄争奪戦だ。

これまで2016年4月~5月にTHE@TER ACTIVITIES(通称TA)
2017年12月~翌年1月にTHE@TER BOOST(通称TB)が行われ
今回の投票企画は3回目の試みとなる。

3つの劇、それぞれ5人ずつ。枠は合計で15。
その15枠をミリオンライブの登場人物で争奪するというわけだ。
勝てば作中劇への登場、SR・SSRカード化、そして楽曲歌唱がある。

 

今回参戦するアイドルたち

さて、その枠を争うアイドルたちだが……
アイドルマスターミリオンライブでは52人のアイドルがプロデュース可能だ。

 

アイドルマスターにおいて
ゲームセンターやコンシューマ展開で活躍してきた
765プロのアイドルたちが、765オールスターズ(通称AS組)13人。

その後輩という位置づけで、765プロソーシャルゲーム展開から所属したのが
いわゆるシアター組、こちらは現在39人いる。

 

これまでのTA、TBでは基本、シアター組の39人での争奪戦となっていた。
ミリシタというゲーム自体もこれまではシアター組中心で展開してきた。
しかし、TCでは満を持して、AS組の参加が発表されたのである。

 

なおこの措置によって、枠は増えない。
まず、純粋に1枠当たり2.6人の勝負が、3.47人の勝負となる。

しかも、あの、765ASが参戦である。
オタクならPじゃなくとも名前くらいは聞いたことがあるであろう
天海春香如月千早水瀬伊織*1……元祖アイマスが参戦してくるのである。*2
これが今回最大のキモである。

 

さて、選挙は3バン……地盤、看板、鞄の勝負だと言われる。

 

地盤……支持層があること。票固めにも広報にも絶対に必要である。
    アイマスでは担当P・ファンの数や充実度がそれに相当する。

看板……知名度があること。当然ながらこれまでの展開やファン活動
    その他さまざまな要素によって知名度には大きな差がある。

鞄……資金力。選挙はとかく金がかかるものと言われるが
   TC投票は課金で投票券が手に入る。重要さは言うまでもない。

 

そして、そのすべてを兼ね備えているのが
長くアイドルマスターの看板を背負ってきた彼女たちと、その担当Pたちだと
私はそう考えていた。 

 

私が応援したアイドル

私の応援する宮尾美也は、
ふわふわとした髪に、太い眉毛、のんびりした喋り方が特徴の17歳。
ピクニックが好きで得意料理はサンドイッチ、趣味は将棋と囲碁
マイペースでどこかズレたところのある、けれども内に秘めた闘志は強い
がんばりやの女の子である。

 

そんな彼女が目指す役は
「近未来アウトサイダー」という荒廃した近未来がテーマの
「ファイナルデイ」という、主人公と敵対する軍の親玉役(恐らく悪役)。

 

始めは美也がその役を目指すことに意外な印象を持ったが
ふわふわした外見と、内に秘めた闘志のギャップ
将棋や囲碁が趣味という戦略家の素養
これ以上に面白い配役は無いだろう、そう感じられた。

 

しかしファイナルデイ役を勝ち取るには
極めて強大な相手に立ち向かい、打ち勝つ必要があった。
それが765ASのセンター 天海春香その人であった。

 

ミリシタTC投票の一か月間は
「どうすれば天海春香に勝てるのか」
そのことを考え続けた日々でもあった。

*1:この日記では全て敬称を略します

*2:私はデレマスからアイマスに入ったPで、10年以上前線に立ち続けてきた初代のアイドルと担当たちを一種のレジェンドだと思っている。また、上記で3名の名を挙げたのは全員挙げると長すぎる為である。念のため

盆地の夏と乗務員

三連休の最終日、天気は快晴、絶好の登山日和とあって、その日、広河原から帰るバスは超満員であった。

バスは急峻な白鳳渓谷のV字谷を眼下に見ながらつづら折りの山道を登り、明かりなど一つもない素掘りの長いトンネルを抜け、夜叉神峠、芦安村を経て、終点の甲府へと向かっていた。

 

バスには運転手のほかに集金係の初老のおばちゃんが居て、乗客からお金を集めたり、降りるバス停を聞いて運転手に伝えたり、他のバスと連絡を取ったりと大忙しであった。

 

おばちゃんは、お客さんに降りる場所を間違えて案内したり、別のお客さんに声をかけて降りませんと言われたり、降ろす予定の場所を通り過ぎてしまい反対行きのバスに拾ってもらうよう手配したりと、傍目に見ていてもかなり混乱している様子だった。

 

それでもどうにか終点に近づき、いよいよ1キロも無いという所に来た時に

突如、バスがエンストしてしまった。

運転手も必死で再始動させようとするものの、まるで動かない。

 

おばちゃんは様子を見に行ったり、乗客に謝ったり、どこかと連絡を取ろうとしたりしていたが、事態は変わらなかった。

 

その日の最高気温は38度、それも真昼間、エアコンが切れると車内はじわりじわりと蒸してきた。

満員の乗客はバスの窓を開け、あとはエンジンがかかるか、助けが来るか、待つよりほかに無かった。

山に登る者たち独特の連帯感とでもいうのだろうか。不思議と誰も声を荒げたり、降りようとしたり、ということは無かった。

 

10分近くも格闘していただろうか。

ブルルルン……唸り声と共にエンジンが奇跡的に再始動し、バスの中には拍手が巻き起こった。

乗客みんなで、「エアコンは要らないから」と言い、運転手は細心の運転で、バスを無事に甲府駅のターミナルへと辿り着かせた。

 

拍手の起こる中、運転手はご迷惑をおかけしましたとお詫びを言い、おばちゃんはというと、涙ながらにミスがあったことを謝り、また乗客が協力的であったことに感謝の言葉を伝えていた。

 

誰もが、口々にありがとうと言いながら、バスを後にした。

人の好さそうなおばちゃんが、寡黙で真面目そうな運転手が、難しい中最善を尽くしてくれたことをみんな知っていた。

 

何か特別に満たされたような気持ちで、私は甲府の駅を後にした。

北アルプスで遭難しそうになった話

濃霧の西銀座縦走路にて

 

これは大変恥ずかしい話ではあるが、記録として残しておこうと思う。
3年ほど前、私が北アルプスで、あわや道迷いしかけた話である。

 

北アルプス  飛騨山系は広大だ。
標高3000m近い稜線が南北に走り、長野、富山、岐阜の三県を分かつ。

 

信州松本から西を眺めると、ひときわ高く見える三角形の端正な顔立ちの山がある。それが常念岳だ。常念岳蝶ヶ岳、燕岳などと南北に連なる常念山脈を作っている。

常念山脈から槍ヶ岳へ至る道は通称、表銀座縦走路とも呼ばれる。

 

常念山脈から高瀬川の深い谷を挟んだ向こう側には、水晶岳鷲羽岳といった山々が連なる。

裏銀座縦走路である。
そして、裏銀座縦走路よりさらに西には、黒部五郎岳薬師岳といった重厚な山々がどっしりと構えている。

 

黒部五郎岳薬師岳鷲羽岳水晶岳にぐるりと囲まれたところは高原になっており、雲ノ平という。

夏には池塘の周りに高原植物が咲き誇り、日本最後の秘境とも呼ばれる別天地であった。 

 

この雲ノ平を目指し、北アルプスの飛騨側の玄関口、新穂高温泉に入ったのは
2015年7月18日の早朝であった。

この年、7月16日、17日にかけては大型で非常に強い台風11号が、日本に上陸していた。

しかし予報では、台風は17日か遅くとも18日には通り過ぎるとのことであったから
翌日からは台風一過の晴天の中歩けるであろうという見通しであった。


装備は上下レインコート、アンダーウェア、ヘッドライト、2食ぶんの行動食、それとは別に2食の非常食。ラーメンを3食くらい。携帯の予備バッテリー。ガスコンロ、コッヘル。カメラと三脚。山小屋を使いつつ、或る程度自炊することで食費を浮かせる計画だった。実家に取りに行く時間が取れず、アイゼンは持たなかった。

両親には日程と、新穂高から雲ノ平へ入り、折立へ降りる旨だけ、メールで短く伝えた。

 

バスが新穂高温泉に着くと登山者センターで着替え、登山届を出した。
1日目は双六岳の直下に位置する双六小屋に泊まり、翌7/19は雲の平山荘泊、7/20は薬師岳山荘泊とし、薬師岳をピストンしてから、折立に降りる行程を記した。

 

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新穂高バスターミナルの天気

 

新穂高温泉から双六小屋までの小池新道は何度か歩いたことがあり知っていた。北アルプスではメジャーなルートの一つで、よく整備されている。
ここは途中、ワサビ平と鏡平にも山小屋があり、万が一どうしようもないほど天候が荒れているか、疲れていたら、そちらに泊まるという選択も考えていた。

 

一日中雨降りしきる悪天候ながら、予定通り昼には双六小屋にたどり着き、宿泊となった。

 

この夜はさすがに天候が悪いせいか、泊り客は多くはなかった。
テント泊の予定があまりに悪天候ということで避難してきている人も何人かいた。
雨は降り続いていたが、風が無い分マシなもので、前日は台風直撃だからもっと風雨は酷かったとのことであった。

屋根に打ち付ける雨音を聞きながら、この日は早くに寝入ってしまった。

 

翌朝。期待に反して天気は霧雨。

列島から抜けると思われた台風は温帯低気圧に変わり、日本海に居座っているらしいとのことだった。とはいえ風は強くはなかった。ただ、視界が効かない。

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朝の双六小屋。天気は霧雨だった

双六岳への直登は残雪が多く通れないとのことだったが、巻き道コースも
良くないとのことで、中道から丸山を経由し三俣蓮華岳に至る。
ここまではスムーズに到達した。そこから三俣山荘までは1時間もかからない道である。

ところが三俣蓮華岳からの急な下りを終えると、巻き道との合流直後、行く手に斜度の急な雪渓が現れた。
雪渓は左から右へと切れ落ちている。
三俣山荘の上部には夏でも残る雪渓があるが、それとも違うように思われた。


双六小屋の小屋番の話では、ルート上の雪渓は切られているとのことだったが、踏み跡は全くない。
同じく双六に泊まっていた登山者も幾人か、三俣蓮華岳から降りてきた。

彼らが言うに「雪渓に沿って下っていき、途中でトラバースするのではないか?」とのことである。
そこで私を含む2,3人で雪渓脇の岩稜帯を、雪渓を左手に見ながら、しばらく下ることになった。しかし、斜度はどんどんきつくなり、踏み跡も無く、どうも道とは思えぬ様相になってくる。

「違うのでは?」と疑問を呈すが「いや、ここだろう」との声も周りから出る。

ならばともう少し下ると、足元の感触が柔らかくなり、明らかに踏み固められた登山道のそれではなくなった。

ここでいよいよ間違いだろうという意見で一致し、上へと戻る。


さて、道に戻って雪渓の向こうまでよくよく見ると
どうも本来の道はそのまま雪渓の高い位置をトラバースするような感じである。
後から考えれば、雪渓が切ってあったところが、台風によって流され、渡れなくなってしまったということだったのだろう。
目を凝らすとかろうじて向こう側に登山道の続きらしきものが見えるが、私もほかの登山者たちもピッケルやアイゼンを持っていなかった。

 

分かったのは後日だが、そのまま下っていたら樅沢(湯俣川上部)に入り込んでしまったものと思われる。

湯俣川といえば、2010年に単独行の女性が迷い込み半月近くも経って奇跡的に発見された所である……。

その女性も、双六小屋から三俣山荘を目指す途中に、濃霧で道を誤り沢筋に迷い込んだものであった。

 

さてどうしたものかと思っていると、黒部五郎小舎からやってきた人が居て、五郎方面は三俣蓮華岳から道が通じているとの話である。

ここで雲ノ平に行くことはあきらめ、西銀座ダイヤモンドコースの縦走路を太郎まで歩くことに決定する。


こうして他に居た方と共に黒部五郎に向かった。
予定では雲ノ平山荘まで歩くところ、太郎小屋までの長い西銀座、さらに三俣で時間をロスしているので、あまり余裕はない。

9時半過ぎ、黒部五郎小屋にはあっさり到着する。

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カールの底の草原に建つ黒部五郎小舎

 

小屋の人の話では、五郎のカールは歩けないほど増水はしていないとのことだった。

ここで他の方は休憩せずに進むとのことで、別れる。

私がご飯を食べ終えて歩き始めたのは10時過ぎ。雨もいったんは止み、視界も幾分ましになったようだった。

 

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五郎のカールはまだかなり残雪があった

しかしカールを登るうちにまた霧は濃くなり、五郎の肩から頂上へと上がった時にはまた、15m先も見えぬような状態となっていた。黒部五郎岳の山頂に着いたのは、正午を少し回った頃であった。

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黒部五郎の頂上は霧で何も見えなかった

 

五郎の肩へと戻り、いよいよ太郎平への長大な尾根を行く。

黒部五郎岳、赤木岳、北ノ俣岳……、これらの山々をつなぐ稜線は、広い。丘のような台地が広がっている。
晴れていれば展望は最高で開放感のある道だが、五里霧中とはまさにこのこと。

 

視界は15mかそこらなのだから遠くのピークなど見えるはずもなく、ハイマツとゴーロの中につけられた道をただたどっていくだけである。

 

ひたすらにハイマツの中に出来た土の細長いくぼみの道を降りていくと、だんだん周りのハイマツが迫ってくる。
いくら人の少ない山域とはいえ、仮にも百名山のメインルートで、ここまでハイマツが迫るものだろうか。どうもおかしいな?と思っているうちに、ハイマツが切れスポンと登山道に飛び出した。

どうも途中で誤った踏み跡に間違えて足を踏み入れていたらしい。たまたまそれが道と交差していたというわけだ。

 

振り返ると降りてきた道には×の印がつけられた石が置いてあった。
登りで間違えて、この小さな踏み跡を上がっていってしまうケースがあるのだろう。
(一応、登ったとしても同じ場所には着くが……)

 

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ライチョウを撮った写真だが、かなり霧が濃い

その後はルートを慎重に辿り、鞍部から赤木岳を目指して登る。相変わらず視界は15mもあるかどうかという程度である。稜線は広くケルンを見落とせば道迷いしかねない。

 

双六岳や三俣蓮華岳で通じていた携帯電話も、この山域では完全に圏外だ。

運動を怠けていたぶんと、午前中の疲れがここに来て足にきており、登りのペースが上がらない。

しかしなんとしてでも日没までには太郎平小屋につかなければならない。

この風雨の中、ビバークできる装備は手元に無い。

周囲に登山者はほとんどいない。

もしルートを外したら、あるいは何かアクシデントがあってたどり着けなかったら……この状況では命に危険がある。

そう思った。

 

 

赤木岳手前で、殆ど止まったような状態でのろのろと進む単独行の女性と出会う。

挨拶をして先に行く。

が、追い越してから冷静に考えると、さすがにあのペースでは日没までに太郎に着けるかも怪しい。それに、返事すら虚ろであった。

 

さすがに心配だったので赤木岳の頂上で休憩という名目にして20分ほど時間をつぶすと、その女性もようやく登ってきた。それ以上待ってこないようなら、様子を見に行こうか考えていたところであった。
聞けば体が動かないと思ったので食べ物を食べたら、少し動けるようになった、とのこと。
おそらく彼女はハンガーノック(通称シャリバテ)にかかっていたものと思われる。食べるという判断ができたから良かったが、もしそのまま行動していれば動けなくなり、低体温症を併発していた可能性もあるな、と思った。

 

しばらくして別の単独行の初老男性も追いついたので、この悪天でもあり、目指す先も同じなのだからということで、一緒に行くことを提案し、即席で3人パーティを組む。
初老男性が先頭、女性が真ん中、私が最後尾。

 

ここからは三人励ましあいながらひたすら足を動かし、北ノ俣岳を越え、太郎山を越え、どうにか17時前、日没を迎えずに太郎平小屋へ辿り着いたのであった。

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ニッコウキスゲ咲く太郎山。ここまで来れば安心だ

 

翌日は打って変わって晴天となり、女性は折立へ降り、私と初老男性は別々に薬師岳に向かった。
それから折立へ下山したのであるが、なんと初老男性とは折立でばったりお会いし、関東まで乗せていただいてしまったのであった。

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登山3日目、晴天に恵まれた薬師岳と太郎平小屋

 


さて、振り返るといくつもの反省点が見つかる
・天気が好転することを期待して、大荒れ直後の山に入ったこと
 台風一過は晴れのイメージがあるが、日本海で勢力を回復したり、停滞することもある。また、台風直後は登山道が荒れ、増水の危険もあることから
 入るかどうか慎重に判断すべきであった

・雪渓が残るルートにアイゼンを持たずに入ったこと
 北アルプスの7月はルート上に雪渓が残る。
 現地情報でアイゼン不要とは確認していたが、雪渓が切られているのはあくまで
 山小屋の人たちの整備の結果であって、少し手を入れられない状況があれば
 通行できなくなることは想像できることであった。

・五郎からの下りでおかしいと薄々思いながら進んだこと

 最近検索してみたところ、他にも同じ箇所で間違えた方はいるらしくその方のブログでは旧道ではないかと思うと記載されていた。

 こうしたミスを犯しても道迷いに至らなかったのは、ただ幸運だったに過ぎない。立ち止まって再考せずに結果オーライだというのだから危うかった。

・コースを変更したことで時間に余裕がなくなったこと

 小屋と歩く人の少ない西銀座へ進んだことで、その日歩く人が極めて少なく、かつ逃げ込む小屋の無い山域を、時間を気にして歩かなければならなくなった。

 これが時間をロスしたくない心理につながり、五郎からの下りでおかしいと思いつつ進んだ原因にもつながっている。

 

この時は単独行、悪天候、ルート変更というマイナス要素が多々ありながらも、幸運に恵まれ無事降りてこられたが、次からは最低限ビバークは出来る装備を持とうと思う。(エマージェンシーシートくらいでツェルトは持っていなかった)

別の宗教の信徒だった私がデレマスに思うこと

■デレマスという宗教の信徒

アニメのシンデレラガールズ1話で見事に心を奪われ
モバマスを始め、アニメを完走し、デレステにハマった。
今月でちょうどP歴3年になる。

幾つかの作品にハマって来た経験からしても、アイマス(自分の場合はデレマス)は
コンテンツとして優れていると感じる。

キャラクターがあって、ゲームがあって、競争があって、妄想する(創作できる)余地が存分に残されている。

音楽があって、声優の露出があって、イベントが頻繁にある。

何より定期的に公式コンテンツが投下される。

言い換えれば、中毒性、常習性がある、ということだ。

その度にお金ばかりが出ていき
仕事にも学業にも恋愛にも役立たないものに熱心になる
まったくもって非合理的な存在である。


そんな宗教を信仰している私は
以前別の宗教の熱心な信徒だった。


まどか☆マギカである。


■大好きだった作品から離れるという経験

まどかマギカは物凄く好きな作品だった。
公式のイベントには、出来る限り詣でたし
取り立てて何か出来るわけでもない自分が、創作に手を出す程にハマった。

同人イベントで沢山の本を買い込み
今でも本棚の半分はまどかマギカの同人誌だと思う。

 

しかし転機が訪れる。
待ちに待った新作『[新編] 叛逆の物語』。


結論から言うと、私はこの作品を好きになれなかった。
何度も何度も映画館に足を運んで、作品に向かい合った。
今思えば、好きになろうと努力していた。

しかし映画の筋書きは、見る回数が増えたからといって
自分好みに変わってくれるわけではない。

見る度に期待は裏切られ、何か得体のしれない感情が溜まっていった。
作品を愛し、作品に愛された人たちが、妬ましかった。


私は楽園から追放されたのだ。

いや、公式側が想定しない所に棲みついて
勝手に楽園だと思い込んでいたのかもしれない。

一部の住人から
「理解できなかった人たち」
と見られることに対して嫌悪を覚えることもあった。


自分の中で別の作品のウェイトがどんどん大きくなり、作品からもコミュニティからも
足が遠ざかっていった。


その後、艦これにハマり、デレマスにハマって今に至るわけである。
(分かりやすい経歴のヲタクだなと、自分でも思う)

 

■離れることで見えてくるもの
作品やコミュニティが、自分にとって幸福ではなくなることは、ある。


いくつかの経験を通して覚えた作品との付き合い方は、

選ぶこと(不真面目になること)だ。


一旦熱狂から身を引いて不真面目になってみると
義務感や他人への意識
あるいは見栄から無理をしていた部分が見えてくる。

その部分を切り捨てて、それでも好きな部分だけ
大事にしていけばいい。


思い返せば、今でもTV版まどか☆マギカは大変な傑作だと思うし、大好きな作品だ。
離れた後でも読みたくなる本も沢山あるし
脳内に沢山の妄想が眠ってすらいる。

 
自分が何が好きで熱を上げていたのか、冷静にとらえられるようになった。
そうなるまでには時間を要したが。

 


■あの熱意の日々は何だったのか

仮にハマらなければ
もっと勉強していたかも知れないし、もっと違う人々と交流したかも知れないし
もっと違う人生を歩んでいただろう。


更に遡れば、学生時代の部活も、プロになれるわけでも、勉学や仕事を助けるわけでもないのに、それを最優先に、熱心にやっていた。
実利を無視した趣味というのは、どれもが一種の宗教的側面を持っていると思う。


しかしそれらが日々の原動力となり、様々な経験を与えてくれた存在だったことはまぎれもない事実だ。


今付き合いのあるヲタク友達は、まどかマギカで知り合った人々が多い。

作品を様々な角度から愛する人が居ることを知った。
何かを表現するというのは大変な熱意や労力のもとに成り立っているというのも
それが誰にでも許されているというのも、まどかマギカで知った。


私はその作品を自分で選び、その作品はごく一部の時間を除いて、私を豊かにしてくれた。

そしてそこに問題が生じた時、一番悪かったのは、私の付き合い方だった。
どこまでも自分を貫き通す強かさも、逆に距離を取る賢さも無かった。


シンデレラガールズも、お金と時間と時に精神力を奪いながら
沢山のいい思い出と少しの残念な思い出になっていくだろう。

 

これから節操なく、色んな作品の好きな部分は大いに味わい
苦手な部分は不満を述べ、それでも合わなければ距離を置き
時々は手のひらを返しながら生きていくだろう。