あるく、みる、かく

旅とかアイマスとか

盆地の夏と乗務員

三連休の最終日、天気は快晴、絶好の登山日和とあって、その日、広河原から帰るバスは超満員であった。

バスは急峻な白鳳渓谷のV字谷を眼下に見ながらつづら折りの山道を登り、明かりなど一つもない素掘りの長いトンネルを抜け、夜叉神峠、芦安村を経て、終点の甲府へと向かっていた。

 

バスには運転手のほかに集金係の初老のおばちゃんが居て、乗客からお金を集めたり、降りるバス停を聞いて運転手に伝えたり、他のバスと連絡を取ったりと大忙しであった。

 

おばちゃんは、お客さんに降りる場所を間違えて案内したり、別のお客さんに声をかけて降りませんと言われたり、降ろす予定の場所を通り過ぎてしまい反対行きのバスに拾ってもらうよう手配したりと、傍目に見ていてもかなり混乱している様子だった。

 

それでもどうにか終点に近づき、いよいよ1キロも無いという所に来た時に

突如、バスがエンストしてしまった。

運転手も必死で再始動させようとするものの、まるで動かない。

 

おばちゃんは様子を見に行ったり、乗客に謝ったり、どこかと連絡を取ろうとしたりしていたが、事態は変わらなかった。

 

その日の最高気温は38度、それも真昼間、エアコンが切れると車内はじわりじわりと蒸してきた。

満員の乗客はバスの窓を開け、あとはエンジンがかかるか、助けが来るか、待つよりほかに無かった。

山に登る者たち独特の連帯感とでもいうのだろうか。不思議と誰も声を荒げたり、降りようとしたり、ということは無かった。

 

10分近くも格闘していただろうか。

ブルルルン……唸り声と共にエンジンが奇跡的に再始動し、バスの中には拍手が巻き起こった。

乗客みんなで、「エアコンは要らないから」と言い、運転手は細心の運転で、バスを無事に甲府駅のターミナルへと辿り着かせた。

 

拍手の起こる中、運転手はご迷惑をおかけしましたとお詫びを言い、おばちゃんはというと、涙ながらにミスがあったことを謝り、また乗客が協力的であったことに感謝の言葉を伝えていた。

 

誰もが、口々にありがとうと言いながら、バスを後にした。

人の好さそうなおばちゃんが、寡黙で真面目そうな運転手が、難しい中最善を尽くしてくれたことをみんな知っていた。

 

何か特別に満たされたような気持ちで、私は甲府の駅を後にした。